ジュリアナ東京5月
5月に東京・芝浦にオープンした大型ディスコ。お立ち台とボディコンの光景が、バブル末期の華やかさを象徴した。
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あの頃の世の中を、年単位で振り返る
平成3年
“湾岸戦争、雲仙の噴火、ソ連の消滅。世界と足元が大きく揺れた年。”
1月に湾岸戦争が始まり、日本は多額の資金支援を通じて国際貢献のあり方を問われた。6月には長崎・雲仙普賢岳で大規模な火砕流が起き、多くの犠牲者を出した。年末の12月にはソビエト連邦が解体し、冷戦が名実ともに終わりを迎えた。バブル崩壊で地価や株価の下落が続く一方、東京・芝浦のディスコ「ジュリアナ東京」が時代の華やかさの残り香を象徴した。音楽ではCHAGE and ASKA「SAY YES」やトレンディドラマの主題歌が街にあふれた。
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5月に東京・芝浦にオープンした大型ディスコ。お立ち台とボディコンの光景が、バブル末期の華やかさを象徴した。
カルピスをそのまま飲めるようにした清涼飲料。手軽な甘さで人気となり、ロングセラーの定番となった。
渋谷の若者を中心に広まったカジュアルファッション。アメカジ風の着こなしが全国の学生に影響を与えた。
NTTが4月から提供を始めた携帯電話。当時としては世界最軽量・最小で、自動車電話やショルダーホンと区別するために「超小型携帯電話・ムーバ」と呼ばれた。端末は当初レンタルで、売り切り制が解禁されるのは1994年4月である。
本田技研工業が5月から1996年まで製造・販売した軽自動車規格のオープンカー。エンジンを座席の後ろに置くミッドシップの2人乗りで、軽のスポーツカーが相次いで出た時期を代表する1台になった。
1991年式のホンダ・ビート(写真は後年のイベント展示) 撮影: MrWalkr / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
11月13日に朝日出版社から発売された宮沢りえの写真集。撮影は篠山紀信で、当時18歳の人気と相まって155万部のベストセラーとなり、芸能人写真集の売上部数の記録になった。
6月にゲームボーイで発売されたアクションRPG。片手で遊べる冒険として人気を集め、シリーズの原点となった。
10月25日に徳間書店インターメディアから発売されたコンパイル開発の落ち物パズル。同じ色を4つつなげて消す遊びと連鎖の気持ちよさで、以後シリーズが続く原点になった。
10月17日にTBS系で放送開始した東映動画の作品。三条陸原作・稲田浩司作画の『週刊少年ジャンプ』連載が原作で、全46話が放送された。
3月15日に日本テレビ系で放送開始したサンライズの作品。近未来のカーレースを舞台に少年ドライバーの成長を描き、全37話が放送された。
1月12日にテレビ朝日系で放送開始した東映動画の作品。猫部ねこの『なかよし』連載が原作のギャグアニメで、全54話が放送された。
10月14日にテレビ東京系で放送開始した作品。ドッジボールを題材にした漫画が原作で、全47話が放送され当時の小学生にドッジボールを流行らせた。
『週刊少年チャンピオン』1991年43号から1999年42号まで連載された板垣恵介の格闘漫画。地下闘技場の最年少チャンピオン範馬刃牙と父・勇次郎を軸にした全380話で、続編を含むシリーズ累計は1億部を超えた。
『週刊少年マガジン』で1991年から1997年まで連載された原作・佐木飛朗斗、作画・所十三の作品。暴走族を題材にしたヤンキー漫画で、題名の「かぜ」「ぶっこみ」は当て字読みである。
『週刊少年サンデー』1991年30号から1999年41号まで連載された椎名高志の作品。除霊を仕事にするゴーストスイーパーを描いて1993年度の小学館漫画賞を受け、単行本は全39巻に達した。
『りぼん』1991年9月号から1994年11月号まで連載された矢沢あいの作品。新設の高校で生徒会を担う高校生たちの恋を描き、シリーズ累計発行部数は1000万部を超えた。
1991年3月12日に創刊した『月刊少年ガンガン』で1997年まで連載された作品。原作・設定は川又千秋、画は藤原カムイで、ゲームの世界を受け継ぐファンタジーとして全86話が描かれた。
『月刊少年ガンガン』1991年4月号から1995年6月号まで連載された柴田亜美のギャグ漫画。パプワ島に流れ着いた少年と島の住人たちの騒動を描き、創刊直後のガンガンを代表する作品になった。
9月9日に「Can't Stop!! -LOVING-」でCDデビュー。1988年に光GENJIのバックを務めるスケートボーイズから6人で結成されたグループで、この曲で第42回NHK紅白歌合戦にも初出場した。
2月14日発売のデビュー曲「想い出の九十九里浜」がオリコン5位のヒットとなった3人組。B.B.クィーンズのコーラス隊から独立した形で、第33回日本レコード大賞の最優秀新人賞(ポップス・ロック部門)を受けた。
5月15日に日本コロムビアから「伝説の少女」を発売して歌手デビュー。当時14歳で、表題曲は自身が出演したキリンビバレッジ「シャッセ」のCMソングだった。
2月5日発売の9枚目のシングル「ETERNAL WIND〜ほほえみは光る風の中〜」が映画『機動戦士ガンダムF91』の主題歌となりオリコン週間9位を記録。この曲で紅白歌合戦に初出場した。
8月7日にポニーキャニオンから通算12枚目のシングル「ときめいて」を発売。この曲で第42回NHK紅白歌合戦に初出場している。
フジテレビのタレント育成講座・乙女塾の3期生。この年のデビュー曲「赤い花束」で第33回日本レコード大賞の新人賞と第22回日本歌謡大賞の優秀放送音楽新人賞を受けた。
1月20日にテレビ朝日系の日曜8時枠で放送開始した東映制作の全53話。『特警ウインスペクター』に続くレスキューポリスシリーズの第2作にあたる。
1月6日にフジテレビ系で放送開始した東映制作の全51話。東映不思議コメディーシリーズの第12作で、古代エジプトの王女が現代に転校してくる設定だった。
12月23日からNHK-BS2で放送された円谷プロダクションの全13話。オーストラリアで撮影された海外制作のウルトラマンにあたる。
10月2日にテレビ朝日系で放送開始した円谷映像制作の全24話。座敷わらしを題材にした深夜のホラー枠として作られた。
12月14日公開の東宝映画。ゴジラシリーズ第18作で監督・脚本は大森一樹、上映時間103分。観客動員約270万人・配給収入14億5,000万円を記録した。
ドラマ『101回目のプロポーズ』の主題歌として大ヒット。200万枚を超えるミリオンセラーとなった。
ダンスボーカルグループZOOのヒット曲。列車をイメージした振り付けが人気を呼んだ(のちにEXILEもカバー)。
3月27日にBMGルームスから発売されたB'z 8作目のシングル。バラードとドラマ主題歌が並んだこの年のヒットチャートに、ロックの側から食い込んだ曲になった。
7月20日公開のスタジオジブリ作品。高畑勲の監督長編第7作で、岡本螢・刀根夕子の漫画を原作に27歳のOLが小学生時代を振り返る物語を描き、配給収入18億7000万円を記録した。
日本では8月24日に公開されたジェームズ・キャメロン監督のSFアクション。CGを本格的に使った映像が画期的とされ、全世界で5億2000万ドルの興行収入とアカデミー賞4部門を獲得した。
5月25日公開の松竹配給作品。黒澤明が監督・脚本を務めた98分の映画で、村田喜代子の芥川賞小説『鍋の中』を原作に長崎の祖母と4人の孫のひと夏を描き、キネマ旬報ベスト・テン第3位に入った。
10月12日公開の松竹作品。山田洋次が監督し、椎名誠の『倉庫作業員』を原作に岩手の父と都会でフリーターを続ける息子の葛藤を描いた社会派ドラマで、第15回日本アカデミー賞をはじめ多くの賞を受けた。
10月19日公開の101分の映画。ビートたけしが北野武名義で監督した3作目にあたり、音楽に久石譲を起用した最初の作品でもある。聾唖の青年とサーフィンを静かに描いた。
3月9日公開の映画シリーズ第12作。大長編は『月刊コロコロコミック』1990年9月号から1991年2月号に掲載されたもので、第9回ゴールデングロス賞の最優秀金賞を受けた。
フジテレビの「月9」枠で放送されたドラマ。柴門ふみの漫画が原作で、最終回の平均視聴率32.3%を記録する大ヒットになった。
7月1日から9月16日までフジテレビ系「月9」枠で放送。浅野温子と武田鉄矢のダブル主演で、平均視聴率23.6%・最終回36.7%を記録した。
6月3日、長崎・雲仙普賢岳で大規模な火砕流が発生。報道関係者や消防団員ら多数が犠牲となった。
雲仙普賢岳の噴火による被害の様子 撮影: User Fg2 / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
1月、イラクのクウェート侵攻をめぐり多国籍軍が攻撃を開始。日本は多額の資金支援を行い、国際貢献のあり方が議論となった。
イラク軍が放火したクウェートの油井の上を飛ぶ米海軍機(1991年) 撮影: Lt. Steve Gozzo, U.S. Navy / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
12月、ソ連が解体し、70年近く続いた社会主義の大国が消滅した。東西冷戦が名実ともに終わりを迎えた。
独立国家共同体の創設議定書に署名する11共和国の首脳(1991年12月・アルマアタ) 撮影: Yuriy Kuydin / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
都庁が丸の内から新宿へ移転し、丹下健三の設計による超高層の新庁舎が完成した。新宿副都心の象徴となった。
丹下健三の設計による東京都庁舎(写真は後年) 撮影: Asanagi / CC0, Wikimedia Commons
5月、滋賀県で信楽高原鉄道の列車が正面衝突し、多数の死傷者を出す大事故となった。
事故の慰霊碑付近を走る信楽高原鐵道信楽線(写真は後年) 撮影: 先従隗始 / CC0, Wikimedia Commons
8月23日から9月1日まで、東京・国立霞ヶ丘競技場で第3回世界陸上競技選手権大会が開かれた。167の国・地域から1517人が参加し、男子100mでカール・ルイスが9秒86、男子走幅跳でマイク・パウエルが8m95の世界新記録を出した。
大会の主会場となった国立霞ヶ丘競技場(写真は後年・建て替え前) 撮影: Waka77 / CC0, Wikimedia Commons
ドラマ『101回目のプロポーズ』で武田鉄矢が叫んだ台詞。ドラマの人気とともに流行語となった。
この台詞を叫んだ武田鉄矢(写真は後年) 文部科学省 / CC BY 4.0, Wikimedia Commons
大相撲の若花田・貴花田の兄弟を指す言葉。人気力士として注目を集め、相撲ブームを牽引した。
弟の貴花田、のちの貴乃花光司(写真は2011年) 撮影: 江戸村のとくぞう / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
雲仙普賢岳の噴火をきっかけに広く知られた言葉。火山災害の恐ろしさとともに、一般に浸透した。
雲仙普賢岳の火砕流とその堆積物(USGSの記録写真) USGS / K. Scott / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
証券会社が大口顧客の損失を穴埋めしていた問題が明らかになり、この年の新語・流行語大賞で新語部門の金賞に選ばれた。バブル崩壊後の証券不祥事を象徴する言葉である。
証券不祥事の舞台となった東京証券取引所(写真は後年) 撮影: ehnmark / CC BY 2.0, Wikimedia Commons
日本テレビ『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の企画「高校生制服対抗ダンス甲子園」の略称。1990年から翌年にかけて計3回開かれて全国的なブームとなり、この年の新語・流行語大賞で大衆部門の銅賞に選ばれた。