新型インフルエンザが流行する5月
豚由来のA(H1N1)型インフルエンザが世界的に流行し、日本でも5月に国内の感染が確認された。マスクが品薄になり、学校の休校が相次いだ。
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あの頃の世の中を、年単位で振り返る
1990〜2009年/120件を収録
2009年は制度と政治が大きく動いた年だった。5月21日に裁判員制度が始まり、選ばれた国民が刑事裁判の審理に加わることになる。8月30日の衆議院選挙では民主党が大勝して自民党から政権が移り、11月10日には行政刷新会議の事業仕分けが公開の場で始まった。同じ年に豚由来の新型インフルエンザが世界的に流行し、日本でも5月に国内の感染が確認されてマスクが品薄になっている。6月25日にはマイケル・ジャクソンが50歳で亡くなり、7月22日には各地で皆既日食が観測された。
豚由来のA(H1N1)型インフルエンザが世界的に流行し、日本でも5月に国内の感染が確認された。マスクが品薄になり、学校の休校が相次いだ。
8月30日の第45回衆議院議員総選挙で民主党が大勝し、自民党から政権が移った。9月に鳩山由紀夫内閣が発足している。
11月10日、行政刷新会議のワーキンググループによる事業仕分けが公開の場で始まった。予算の無駄を洗い出す作業が中継された。
2008年は事件と災害が前半に、経済の激震が後半に来た年だった。1月30日に中国製の冷凍餃子による中毒が公表され、6月8日には秋葉原の歩行者天国で通り魔事件が、6月14日には岩手・宮城内陸地震が起きている。7月7日から9日までは北海道洞爺湖町で主要国首脳会議が開かれ、8月8日からは北京オリンピックが始まった。そして9月15日、アメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻し、世界的な金融危機に広がっていく。
1月30日、中国製の冷凍餃子を食べた人が中毒を起こしていたことが公表された。食品の輸入と表示への見方が大きく変わった。
6月8日、東京・秋葉原の歩行者天国でトラックが突入し、そのあと刃物で切りつける事件が起きた。
8月8日から24日まで中国の北京で開かれた。ソフトボールの上野由岐子が2日で413球を投げて金メダルを取っている。
2007年は夏から秋にかけて出来事が固まった。7月16日に新潟県中越沖地震が起き、7月29日の参議院選挙では自民党が惨敗して衆参で多数派が異なる「ねじれ国会」になる。9月12日には安倍晋三首相が辞任を表明した。10月に入ると1日に郵政が民営化されて日本郵政公社が解散し、12日には赤福の賞味期限偽装が発覚している。この年は食品の偽装が相次いで見つかった年でもあった。14日にはさいたま市に鉄道博物館が開館している。
7月29日の第21回参議院議員通常選挙で自民党が大きく議席を減らし、衆参で多数派が異なる「ねじれ国会」になった。
10月12日、三重県の赤福で賞味期限と原材料表示の偽装が明らかになった。この年は食品の偽装が相次いで見つかっている。
2006年は1月16日のライブドアへの強制捜査で始まった。前年に「想定内」で流行語をとった堀江貴文が、この捜査で逮捕されている。スポーツでは2月のトリノオリンピックで荒川静香がフィギュアスケート女子の金メダルを取り、3月には第1回ワールド・ベースボール・クラシックで日本代表が初代王者になった。9月6日には秋篠宮家に悠仁親王が誕生し、皇室で41年ぶりの男子となる。同じ9月に安倍晋三が自民党総裁に選ばれ、10月9日には北朝鮮が初の地下核実験を行った。
2月のトリノオリンピックで、フィギュアスケート女子の荒川静香が金メダルを取った。アジアの選手として冬季五輪のフィギュアで初めての金だった。
2005年は交通の開業と事故が同じ年に並んだ。2月17日に中部国際空港が開港し、8月24日にはつくばエクスプレスが走り出した一方、4月25日にはJR福知山線の快速電車が脱線してマンションに衝突している。3月25日から9月25日までは愛知で「愛・地球博」が開かれ、7月17日には知床が世界自然遺産に登録された。政治では8月8日に郵政民営化関連法案が参議院で否決されて衆議院が解散し、9月11日の総選挙で自民党が296議席を得ている。
4月25日、兵庫県尼崎市でJR福知山線の快速電車が脱線し、線路脇のマンションに衝突した。
8月8日に郵政民営化関連法案が参議院で否決され、小泉首相は衆議院を解散した。9月11日の総選挙で自民党は296議席を得た。
2004年は災害と国際情勢の年。1月19日に陸上自衛隊の先遣隊がイラクに入り、戦闘地域への派遣は初めてだった。同じ1月には79年ぶりの鳥インフルエンザが山口県で確認されている。8月13日からのアテネオリンピックで日本は金16個を取り、10月23日には新潟県中越地震が震度計として初めての震度7を記録した。11月2日には東北楽天ゴールデンイーグルスの新規参入が承認され、50年ぶりの球団誕生となった。年末の12月26日にはスマトラ島沖地震がインド洋沿岸に大津波をもたらしている。
1月12日、山口県阿東町の養鶏場で国内では1925年以来79年ぶりとなる鳥インフルエンザの発生が確認された。
1月19日に陸上自衛隊の先遣隊がイラクに入った。陸上自衛隊が戦闘地域へ派遣されるのは初めてだった。
8月13日から29日まで、1896年の第1回大会以来108年ぶりにアテネで開かれた。日本は金16個を獲得した。
10月23日17時56分、新潟県中越地方でM6.8の直下型地震が発生。阪神・淡路大震災以来2回目、震度計では初めての震度7を観測した。
11月2日、プロ野球オーナー会議で新規参入が全会一致で承認された。新規参入での球団誕生は1954年以来50年ぶり。
12月26日、インドネシア西部沖でM9.1〜9.3の地震が発生。インド洋沿岸に大津波をもたらし、各国に甚大な被害が出た。
2003年は3月20日のイラク戦争開戦から始まる。日本は戦後初めてPKO以外での自衛隊派遣を行うことになった。4日後の3月24日には『千と千尋の神隠し』がアカデミー賞の長編アニメ映画賞を受け、4月25日には17年をかけた再開発である六本木ヒルズがグランドオープンした。5月9日には小惑星探査機はやぶさが内之浦から打ち上げられている。秋は阪神タイガースが18年ぶりにリーグ優勝し、12月1日正午には東京・名古屋・大阪で地上デジタルテレビ放送が始まった。
3月20日、大量破壊兵器の保持を理由にアメリカを主体とする有志連合がイラクへ侵攻した。日本は戦後初めてPKO以外での自衛隊派遣を行った。
3月24日、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』が第75回アカデミー賞の長編アニメ映画賞を受賞した。
4月25日、東京都港区に森ビルによる複合施設が開業。17年をかけた再開発で、オフィス・住宅・美術館・テレビ局が同じ街区に収まった。
5月9日、宇宙科学研究所が内之浦からM-Vロケット5号機で打ち上げた。小惑星イトカワへ向かい、2010年に地球へ帰還した。
星野仙一監督の2年目に、1985年以来18年ぶり8度目のセ・リーグ優勝を果たした。日本シリーズはダイエーに敗れた。
12月1日正午、東京・名古屋・大阪で地上デジタル放送が始まった。アナログ放送の終了は2011年7月まで続く長い移行の出発点になった。
2002年は5月31日から6月30日までのワールドカップ日韓大会が真ん中にある年。2カ国の共同開催は初めてだった。秋には外交が大きく動き、9月17日に小泉首相が日本の首相として初めて北朝鮮を訪問して金正日が拉致を認め、10月15日に被害者5人が帰国している。同じ10月には島津製作所の田中耕一がノーベル化学賞に選ばれた。年の初めは1月1日の欧州連合でのユーロ流通開始と雪印食品の牛肉偽装発覚、2月のソルトレークシティ五輪が並ぶ。
1月、雪印食品が輸入牛肉を国産と偽ってBSE対策の買い取り制度を悪用していたことが発覚。同社は4月に廃業した。
2月8日から24日まで、アメリカ・ユタ州で冬季五輪が開かれた。21世紀最初のオリンピックにあたる。
ソルトレークシティオリンピックの聖火トーチ(2002年) 撮影: Master Sgt. Anne Ward / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
1月1日、欧州連合でユーロの現金の流通が始まった。それまで各国が使っていた通貨が、順次この共通通貨に置き換わっていった。
流通が始まったユーロの紙幣と硬貨(写真は後年) 撮影: Avij / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
5月31日から6月30日まで、日本と韓国の共同開催でワールドカップが行われた。2カ国の共同開催は初めてだった。
決勝が行われた横浜国際総合競技場(写真は後年) 撮影: Arne Müseler / CC BY-SA 3.0 de, Wikimedia Commons
9月17日、小泉首相が日本の首相として初めて北朝鮮を訪問し、金正日が日本人の拉致を公式に認めた。10月15日には被害者5人が帰国した。
10月、島津製作所の田中耕一がノーベル化学賞に選ばれた。学士でのノーベル化学賞受賞は現在も唯一の例。
2001年は施設の開業と事件が同じ年に並んでいる。3月31日にユニバーサル・スタジオ・ジャパン、9月4日に東京ディズニーシーと大型テーマパークが2つ開き、4月26日には小泉純一郎内閣が高い支持率で発足した。一方で6月8日には大阪教育大学附属池田小学校で児童殺傷事件が起き、学校の防犯対策が全国で見直されるきっかけになった。9月11日のアメリカ同時多発テロは日本人24人を含む2977人が犠牲となり、12月1日には皇太子夫妻に敬宮愛子内親王が誕生している。
3月31日、大阪市此花区にハリウッド映画をテーマにしたテーマパークが開業。ユニバーサル・スタジオとしては米国外で初めてだった。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの入口(写真は後年) 撮影: Csiiiyu / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
4月26日、小泉純一郎が内閣総理大臣に任命され自公保の連立政権が発足。「聖域なき構造改革」を掲げ、高い支持率で始まった。
内閣総理大臣に就任した小泉純一郎(2001年4月26日) 内閣官房内閣広報室 / CC BY 4.0, Wikimedia Commons
6月8日、校内に侵入した男が児童8人を殺害し、児童と教職員15人が負傷した。事件後、全国の学校で防犯対策が一気に強化された。
9月4日、千葉県浦安市に「海」をテーマにしたディズニーパークが開園。東京ディズニーランドと並ぶ2つ目のパークになった。
東京ディズニーシーの象徴プロメテウス火山(写真は後年) 撮影: Okwhatev / CC BY-SA 2.5, Wikimedia Commons
9月11日、旅客機を使った4件の同時テロが米国を襲い、日本人24人を含む2977人が犠牲になった。以後の世界の枠組みを変えた事件。
12月1日、皇太子夫妻に第1子となる内親王が誕生。2000年代に生まれた初めての皇族となった。
2000年は9月のシドニー五輪で高橋尚子が女子マラソンを制し、日本の女子陸上で初めての金メダルを持ち帰った年である。プロ野球では10月に長嶋巨人と王ダイエーが日本シリーズで激突する「ON対決」が実現し、巨人が制した。制度と暮らしの側では4月に介護保険制度が始まって介護を社会全体で支える仕組みが動き出し、8月には偽造対策を強めた新五百円硬貨が発行され、12月にはBSデジタル放送が高画質とデータ放送を家庭へ届け始めている。
小出義雄監督のもとで走った高橋尚子が、日本女子陸上初の金メダルを獲得。「Qちゃん」の愛称とサングラスを投げる姿が日本中の記憶に残った。
シドニー五輪の main stadium(写真は後年) 撮影: Adam.J.W.C. / CC BY 3.0, Wikimedia Commons
高齢化に備え、介護を社会全体で支える仕組みが始動。40歳以上が保険料を負担し、要介護認定に応じてサービスを受けられるようになった。
長嶋巨人と王ダイエーが日本シリーズで激突。「ON対決」と呼ばれた夢の対戦は巨人が制し、球史に残るシリーズとなった。
巨人の本拠地・東京ドーム(写真は後年) 撮影: Syced / CC0, Wikimedia Commons
高画質なハイビジョン放送とデータ放送が家庭に届き始めた。テレビが「見る」だけでなく「操作する」機器へ変わる入口となった。
偽造対策を強化した新しい500円硬貨が登場。素材や加工が変わり、自動販売機の対応が全国で進められた。
7月21日から23日まで、沖縄県名護市の万国津梁館で主要国首脳会議が開かれた。20世紀最後のサミットであり、日本で初めて地方が開催地となった回でもある。
首脳会議の会場となった沖縄県名護市の万国津梁館 撮影: N / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
1999年は携帯電話が情報端末へ変わり始めた年で、2月にNTTドコモがiモードを開始し、メールやウェブがいつでも手元で使える手軽さからケータイ文化が一気に広がった。年末にはコンピュータが2000年を正しく認識できない恐れがあるとして、2000年問題(Y2K)への対策が社会全体の関心を集めている。プロ野球では前年の甲子園を沸かせた松坂大輔が西武で16勝を挙げて新人王となり、王貞治監督の福岡ダイエーホークスが球団初の日本一を達成した。4月には作家の石原慎太郎が東京都知事に当選している。
NTTドコモが携帯電話でメールやウェブが使える『iモード』を開始。いつでもどこでも情報に触れられる手軽さが受け、ケータイ文化が一気に広がった。
前年の甲子園を沸かせた松坂大輔が西武でプロ初年から16勝を挙げ新人王に。「平成の怪物」はプロでも実力を証明し、球界の顔となった。
プロ入り初年の本拠地・西武ドーム(写真は後年) 撮影: Haruakibay / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
王貞治監督率いる福岡ダイエーホークスが球団初の日本一を達成。福岡の街は歓喜に包まれ、常勝軍団への第一歩を刻んだ。
本拠地の福岡ドーム(写真は後年) 撮影: そらみみ / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
作家の石原慎太郎が東京都知事選で当選。ディーゼル車規制など独自の政策で注目を集め、以後の都政に大きな影響を与えていく。
東京都庁(写真は後年) 撮影: Daderot / CC0, Wikimedia Commons
西暦下2桁で年を扱うコンピュータが2000年を正しく認識できない恐れがあるとして、年末にかけて社会全体で対策とその影響が注目を集めた。
9月30日、茨城県東海村のJCO核燃料加工施設で臨界事故が発生。日本国内で初めて事故被曝による死亡者を出し、原子力の安全管理が根本から問われた。
1998年はスポーツで日本が世界の舞台に立った年だった。2月の長野オリンピックではスキージャンプ団体の金メダルに列島が沸き、6月のワールドカップフランス大会には日本代表が初出場して中山雅史が日本のW杯初ゴールを決めた。夏の甲子園では横浜高校の松坂大輔が春夏連覇と決勝のノーヒットノーランで「平成の怪物」と呼ばれ、暮らしの側では2月に郵便番号が7桁になり、4月には明石海峡大橋が開通して本州と四国が神戸・鳴門ルートでつながっている。その一方で金融の地盤は崩れていて、10月23日には日本長期信用銀行が一時国有化された。最後の株価は2円で、前年の山一證券・北海道拓殖銀行に続く大型破綻となっている。
日本で2度目の冬季五輪が長野県で開催。スキージャンプ団体の金メダルやスピードスケート清水宏保の活躍に列島が沸き、「ふなき〜」の実況も話題になった。
会場のMウェーブ(スピードスケート) 撮影: Maclourin / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
神戸と淡路島を結ぶ世界最長級の吊り橋が開通し、本州と四国が神戸・鳴門ルートでつながった。全長3,911mのスケールは開通当時世界一を誇った。
撮影: Tysto / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
日本代表がワールドカップ本大会に初めて出場。グループリーグで3戦全敗に終わったものの、中山雅史が日本のW杯史上初ゴールを決め、歴史的な一歩を刻んだ。
決勝会場のスタッド・ド・フランス(写真は後年) 撮影: Darthvadrouw / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
エース松坂大輔を擁する横浜高校が甲子園で春夏連覇。夏の決勝でのノーヒットノーランなど記録ずくめの快投で「平成の怪物」と呼ばれ、社会現象となった。
夏の決勝の舞台・阪神甲子園球場(写真は後年) 撮影: Corpse Reviver / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
全国の郵便番号が3〜5桁から7桁へ移行。番号だけで町域まで特定できるようになり、あて名書きや郵便の区分作業の効率化が進んだ。
10月23日、長銀が特別公的管理銀行として一時国有化された。東京証券取引所での最後の株価は2円。前年の山一證券・北海道拓殖銀行に続く大型破綻で、平成不況を象徴する出来事となった。
1997年は日本経済の前提が崩れた年だった。4月1日に消費税が3%から5%へ上がって買い控えを招き、11月には四大証券の一角である山一證券が自主廃業を発表、北海道拓殖銀行の破綻も重なって「銀行や証券会社は潰れない」という神話が崩れている。同じ11月にはサッカー日本代表がジョホールバルでワールドカップ初出場を決めて深夜の中継に日本中が沸き、7月1日の香港返還、12月の京都議定書採択と国際的な節目も重なった。
4月1日から消費税率が3%から5%へ引き上げられた。買い控えや駆け込み需要が起き、後の景気低迷の一因になったとも指摘される節目となった。
7月1日、150年余りにわたる英国統治を経て、香港が中国に返還された。「一国二制度」のもとで新たな歩みが始まり、世界の注目を集めた。
中国に返還された香港・ビクトリアハーバーのスカイライン(写真は後年) 撮影: Diliff / CC BY 3.0, Wikimedia Commons
11月、四大証券の一角だった山一證券が自主廃業を発表。北海道拓殖銀行の破綻も重なり、「銀行や証券会社は潰れない」という神話が崩れた。
11月、マレーシアでのイラン戦に延長の末に勝利し、日本代表がワールドカップ初出場を決めた。深夜のテレビ中継に日本中が沸いた一夜となった。
1997年11月16日、ジョホールバルでの日本対イラン戦の得点表示 撮影: ja:User:Fk / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
1月、日本海でロシア船籍のタンカー「ナホトカ号」が破断し、大量の重油が流出。日本海沿岸に漂着し、多くの市民が手作業の回収に加わった。
12月に京都で開かれた第3回気候変動枠組条約締約国会議で、温室効果ガスの削減目標を定めた京都議定書が採択された。地球温暖化対策の国際的な出発点となった。
京都議定書が採択された国立京都国際会館(写真は2007年) 撮影: Daderot / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
1996年は行政の責任が問われた年で、2月に菅直人厚生大臣が薬害エイズをめぐって国の責任を認めて患者に謝罪し、夏にはO157による集団食中毒が各地で起きて食の安全への意識が一気に高まった。政治では1月11日に橋本龍太郎が首相となって自民党総裁が3年ぶりに座へ戻り、9月には鳩山由紀夫・菅直人らが民主党を結成している。7月のアトランタ五輪では有森裕子が女子マラソンで銅メダルを取り、12月に始まったペルー日本大使公邸占拠事件は年をまたぐ籠城となった。
7月から米アトランタで夏季五輪が開催。女子マラソンの有森裕子が銅メダルを獲得し、レース後の「自分で自分をほめたい」という言葉が共感を呼んだ。
有森裕子が銅メダルを獲得したアトランタ五輪の陸上競技(1996年) 撮影: Ke4roh / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
夏にかけて、学校給食などを通じたO157による集団食中毒が各地で発生。多数の患者と死者が出て、食の安全と衛生管理への意識が一気に高まった。
12月、リマの日本大使公邸がゲリラに占拠され、多数が人質となった。年をまたぐ長期の籠城となり、日本でも連日大きく報じられた。
非加熱血液製剤によるHIV感染をめぐり、菅直人厚生大臣が国の責任を認めて患者に謝罪した。行政の情報開示のあり方が厳しく問われた。
鳩山由紀夫・菅直人らが中心となり、新党「民主党」が結成された。既成政党への不満を背景に、その後の政界再編の起点のひとつとなった。

1月11日、村山富市首相の辞任を受けて橋本龍太郎が第82代内閣総理大臣に就任した。自民党総裁が3年ぶりに首相の座に戻った。
首相に就任した橋本龍太郎(写真は1996年1月11日) 内閣官房内閣広報室 / CC BY 4.0, Wikimedia Commons
1995年は1月17日の阪神・淡路大震災と3月20日の地下鉄サリン事件という2つの衝撃で始まった年だった。「日本は安全だ」という前提が2か月のうちに崩れ、12月の高速増殖炉もんじゅのナトリウム漏れ事故も、その後の情報公開の遅れで批判を浴びている。一方で4月の統一地方選では青島幸男・横山ノックの当選による「無党派」旋風が起き、野茂英雄がドジャースでナ・リーグ新人王に輝いて日本人選手の海外挑戦の扉を開いた。
1月17日未明、兵庫県南部を震度7の直下型地震が襲った。高速道路が横倒しになり、6400人を超える命が失われ、戦後日本の防災意識を根底から変えた。
阪神・淡路大震災による被害の様子(1995年) 撮影: Akiyoshi's Room / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
3月20日の朝、オウム真理教が東京の地下鉄車内に猛毒サリンを撒いた無差別テロ。通勤時間帯を襲い、多数の死傷者を出して社会に深い衝撃を与えた。
近鉄を退団した野茂英雄がドジャースへ移籍。「トルネード投法」で三振を量産し、ナ・リーグ新人王に輝いて、日本人選手の海外挑戦の扉を開いた。
野茂英雄が入団したドジャースの本拠地・ドジャースタジアム(写真は後年) 撮影: Frederick Dennstedt / CC BY-SA 2.0, Wikimedia Commons
統一地方選で、作家の青島幸男が東京都知事、タレントの横山ノックが大阪府知事に当選。既成政党に頼らない「無党派」旋風が都市部を席巻した。
青島幸男が知事に就いた東京都庁舎(写真は後年) 撮影: Asanagi / CC0, Wikimedia Commons
12月、福井県の高速増殖原型炉もんじゅで冷却材のナトリウムが漏れて火災が発生。事故後の情報公開の遅れも批判を呼び、原子力政策に影を落とした。
福井県敦賀市の高速増殖原型炉もんじゅ(写真は後年) 撮影: Nife / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons

終戦から50年の8月15日、村山富市首相が植民地支配と侵略への「痛切な反省」と「お詫び」を表明。以後の内閣にも継承される政府の歴史認識となった。
談話を発表した村山富市首相(写真は1994年) 内閣官房内閣広報室 / CC BY 4.0, Wikimedia Commons
1994年は明暗が並んだ年だった。6月の松本サリン事件と4月の中華航空140便墜落事故が大きな犠牲を出す一方、9月には24時間運用できる関西国際空港が開港し、7月には向井千秋が日本人女性として初めて宇宙へ飛び、10月には大江健三郎が日本人2人目のノーベル文学賞に選ばれている。政治では6月に自民・社会・さきがけの連立で社会党の村山富市が首相となり、前年の細川内閣に続いて政権の枠組みが揺れ続けた。
6月、長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ、多数の死傷者が出た。のちにオウム真理教による事件と判明する。
9月、大阪湾の人工島に、24時間運用できる関西国際空港が開港した。西日本の空の玄関口となった。
大阪湾の人工島に建設された関西国際空港(衛星画像) NASA Earth Observatory / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
10月、作家の大江健三郎が日本人として2人目のノーベル文学賞に選ばれた。日本文学が世界から高く評価された。
ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎(写真は2004年) 撮影: Hpschaefer / CC BY 3.0, Wikimedia Commons

6月、自民・社会・さきがけの連立により、社会党の村山富市を首相とする内閣が発足した。
首相に就任した村山富市(写真は1994年6月30日) 内閣官房内閣広報室 / CC BY 4.0, Wikimedia Commons
4月、名古屋空港で中華航空機が着陸に失敗して墜落し、多数の犠牲者を出す大事故となった。
7月8日からスペースシャトル・コロンビア号のSTS-65にペイロードスペシャリストとして搭乗。日本人女性として初めて宇宙へ飛んだ。
日本人女性初の宇宙飛行士となった向井千秋 NASA / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
1993年はサッカーに沸いて沈んだ年だった。5月15日のJリーグ開幕で日本中がブームに包まれたが、10月28日には「ドーハの悲劇」で初のワールドカップ出場が消えた。政治では8月に55年体制が崩れて非自民の細川内閣が発足し、6月の皇太子ご成婚が祝賀ムードを添えた一方、記録的な冷夏による「平成の米騒動」と7月の北海道南西沖地震が暮らしを直撃している。
5月15日、日本初のプロサッカーリーグ「Jリーグ」が開幕。華やかな演出とともに、サッカーが一大ブームとなった。
開幕戦が行われた国立霞ヶ丘競技場(写真は後年・建て替え前) 撮影: Waka77 / CC0, Wikimedia Commons
6月、皇太子(徳仁親王)と小和田雅子さんの結婚の儀が行われた。祝賀パレードには大勢の人が集まった。
朝見の儀の後に記念撮影する皇太子徳仁と皇太子妃雅子(写真は1993年6月9日) 外務省 / CC BY 4.0, Wikimedia Commons
記録的な冷夏で米が大不作となり、タイ米などの緊急輸入が行われた。店頭から米が消え「平成の米騒動」と呼ばれた。

8月、55年体制が崩れ、細川護熙を首相とする非自民の連立政権が誕生した。長く続いた自民党政権が一度途切れた。
首相に就任した細川護熙(写真は1993年8月9日) 内閣官房内閣広報室 / CC BY 4.0, Wikimedia Commons
7月、北海道南西沖地震が発生。奥尻島が津波などで大きな被害を受け、多くの犠牲者を出した。
津波の被害を受けた奥尻島のフェリーターミナル(写真は後年) 撮影: ブルーノ・プラス / CC BY 4.0, Wikimedia Commons
10月28日、ワールドカップ・アジア地区最終予選のイラク戦で、試合終了間際に同点ゴールを許して引き分け。日本初のW杯出場が消滅した。
1992年は若い選手の活躍が目立った年で、1月に貴花田が大相撲の幕内最年少優勝を果たし、夏のバルセロナ五輪では14歳の岩崎恭子が競泳女子200m平泳ぎで金メダルを取って最年少記録となった。暮らしの側では9月から公立学校で月1回の土曜休みが始まり、3月には東海道新幹線の最速列車「のぞみ」が走り出している。6月に成立したPKO協力法は自衛隊のカンボジア派遣につながり、国際貢献のあり方が議論となった。
7〜8月、スペインでバルセロナ五輪が開催。競泳女子200m平泳ぎで14歳の岩崎恭子が金メダルを取り、最年少記録となった。
バルセロナ五輪の主会場・モンジュイックの五輪スタジアム(写真は後年) 撮影: Richard Allaway / CC BY 2.0, Wikimedia Commons
9月、公立学校で月に1回、土曜が休みとなる週5日制が始まった。子どもの過ごし方や家庭の休日が変わり始めた。
6月、国連平和維持活動(PKO)協力法が成立。自衛隊のカンボジア派遣につながり、国際貢献のあり方が議論となった。
大相撲初場所で貴花田(のちの貴乃花)が幕内最年少優勝を果たした。若貴人気がいっそう高まった。
史上最年少で幕内最高優勝を果たした貴花田、のちの貴乃花光司(写真は2011年) 撮影: 江戸村のとくぞう / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
3月、東海道新幹線に最速列車「のぞみ」が登場。東京と新大阪を結ぶ時間が短縮された。
「のぞみ」に投入された300系新幹線(写真は後年) 撮影: Peter Broster / CC BY 2.0, Wikimedia Commons
9月、毛利衛がスペースシャトル「エンデバー」のSTS-47に搭乗した。船内から行った「宇宙授業」はこの年の新語・流行語大賞で大衆語金賞に選ばれている。
STS-47で搭乗科学技術者を務めた毛利衛の公式肖像 NASA / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
1991年は年の初めと終わりで世界の姿が変わった年だった。1月に湾岸戦争が始まって日本の国際貢献のあり方が議論となり、12月にはソビエト連邦が解体して東西冷戦が名実ともに終わっている。国内では6月3日の雲仙普賢岳の大火砕流と5月の信楽高原鉄道の衝突事故が多くの犠牲を出し、4月には丹下健三の設計による新しい都庁舎が新宿に完成した。8月23日からは東京・国立霞ヶ丘競技場で世界陸上が開かれ、カール・ルイスの9秒86など3つの世界新記録が生まれた。
6月3日、長崎・雲仙普賢岳で大規模な火砕流が発生。報道関係者や消防団員ら多数が犠牲となった。
雲仙普賢岳の噴火による被害の様子 撮影: User Fg2 / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
1月、イラクのクウェート侵攻をめぐり多国籍軍が攻撃を開始。日本は多額の資金支援を行い、国際貢献のあり方が議論となった。
イラク軍が放火したクウェートの油井の上を飛ぶ米海軍機(1991年) 撮影: Lt. Steve Gozzo, U.S. Navy / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
12月、ソ連が解体し、70年近く続いた社会主義の大国が消滅した。東西冷戦が名実ともに終わりを迎えた。
独立国家共同体の創設議定書に署名する11共和国の首脳(1991年12月・アルマアタ) 撮影: Yuriy Kuydin / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
都庁が丸の内から新宿へ移転し、丹下健三の設計による超高層の新庁舎が完成した。新宿副都心の象徴となった。
丹下健三の設計による東京都庁舎(写真は後年) 撮影: Asanagi / CC0, Wikimedia Commons
5月、滋賀県で信楽高原鉄道の列車が正面衝突し、多数の死傷者を出す大事故となった。
事故の慰霊碑付近を走る信楽高原鐵道信楽線(写真は後年) 撮影: 先従隗始 / CC0, Wikimedia Commons
8月23日から9月1日まで、東京・国立霞ヶ丘競技場で第3回世界陸上競技選手権大会が開かれた。167の国・地域から1517人が参加し、男子100mでカール・ルイスが9秒86、男子走幅跳でマイク・パウエルが8m95の世界新記録を出した。
大会の主会場となった国立霞ヶ丘競技場(写真は後年・建て替え前) 撮影: Waka77 / CC0, Wikimedia Commons
1990年は、外では冷戦が終わり、内では好景気が終わった年だった。10月3日に東西ドイツが統一されて前年のベルリンの壁崩壊に続く節目となる一方、日本では年明けからの株価急落で、のちに「バブル崩壊」と呼ばれる長い下降局面が始まっている。国内では1月に大学入試センター試験が初めて実施され、4月から9月まで大阪で花の万博が開かれ、11月には即位の礼が行われた。12月2日にはTBS記者の秋山豊寛がソユーズTM-11で飛び立ち、日本人として初めて宇宙に出ている。
10月3日、東西に分かれていたドイツが再統一。前年のベルリンの壁崩壊に続く、冷戦終結の象徴的な出来事となった。
統一を祝う人々が行き交うベルリンのブランデンブルク門 撮影: Jessica Abbas, U.S. Army / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
年明けから株価が急落し、のちに「バブル崩壊」と呼ばれる長い下降局面が始まった。地価の下落もやがて広がっていく。
株価が下落に転じた東京証券取引所(写真は後年) 撮影: ehnmark / CC BY 2.0, Wikimedia Commons
1月、それまでの共通一次試験に代わり、大学入試センター試験が初めて実施された。私立大学も利用できる仕組みとなった。
4月から9月まで、大阪で「花の万博」が開催された。花と緑をテーマに、2000万人以上が会場を訪れた。
花の万博の会場に咲いたラフレシア(1990年) 撮影: S.Fujioka / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
11月、前年に即位した天皇(明仁)の即位を内外に示す国事行為「即位の礼」が行われた。
即位の礼の日、礼服姿の天皇明仁(1990年) 作者不明 / CC BY 4.0, Wikimedia Commons
12月2日、TBS記者の秋山豊寛がソユーズTM-11で打ち上げられ、日本人として初めて宇宙へ出た。TBSがソ連の宇宙機関へ資金を提供した世界初の商業宇宙飛行で、宇宙ステーション「ミール」から毎日の番組に出演した。
日本人初の宇宙飛行士となった秋山豊寛(1990年) NASA / パブリックドメイン, Wikimedia Commons