長野オリンピック開催2月
日本で2度目の冬季五輪が長野県で開催。スキージャンプ団体の金メダルやスピードスケート清水宏保の活躍に列島が沸き、「ふなき〜」の実況も話題になった。
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会場のMウェーブ(スピードスケート) 撮影: Maclourin / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
あの頃の世の中を、年単位で振り返る
1998年はスポーツで日本が世界の舞台に立った年だった。2月の長野オリンピックではスキージャンプ団体の金メダルに列島が沸き、6月のワールドカップフランス大会には日本代表が初出場して中山雅史が日本のW杯初ゴールを決めた。夏の甲子園では横浜高校の松坂大輔が春夏連覇と決勝のノーヒットノーランで「平成の怪物」と呼ばれ、暮らしの側では2月に郵便番号が7桁になり、4月には明石海峡大橋が開通して本州と四国が神戸・鳴門ルートでつながっている。その一方で金融の地盤は崩れていて、10月23日には日本長期信用銀行が一時国有化された。最後の株価は2円で、前年の山一證券・北海道拓殖銀行に続く大型破綻となっている。
日本で2度目の冬季五輪が長野県で開催。スキージャンプ団体の金メダルやスピードスケート清水宏保の活躍に列島が沸き、「ふなき〜」の実況も話題になった。
会場のMウェーブ(スピードスケート) 撮影: Maclourin / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
神戸と淡路島を結ぶ世界最長級の吊り橋が開通し、本州と四国が神戸・鳴門ルートでつながった。全長3,911mのスケールは開通当時世界一を誇った。
撮影: Tysto / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
日本代表がワールドカップ本大会に初めて出場。グループリーグで3戦全敗に終わったものの、中山雅史が日本のW杯史上初ゴールを決め、歴史的な一歩を刻んだ。
決勝会場のスタッド・ド・フランス(写真は後年) 撮影: Darthvadrouw / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
エース松坂大輔を擁する横浜高校が甲子園で春夏連覇。夏の決勝でのノーヒットノーランなど記録ずくめの快投で「平成の怪物」と呼ばれ、社会現象となった。
夏の決勝の舞台・阪神甲子園球場(写真は後年) 撮影: Corpse Reviver / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
全国の郵便番号が3〜5桁から7桁へ移行。番号だけで町域まで特定できるようになり、あて名書きや郵便の区分作業の効率化が進んだ。
10月23日、長銀が特別公的管理銀行として一時国有化された。東京証券取引所での最後の株価は2円。前年の山一證券・北海道拓殖銀行に続く大型破綻で、平成不況を象徴する出来事となった。