阪神・淡路大震災1月
1月17日未明、兵庫県南部を震度7の直下型地震が襲った。高速道路が横倒しになり、6400人を超える命が失われ、戦後日本の防災意識を根底から変えた。
- 災害
- 地震
阪神・淡路大震災による被害の様子(1995年) 撮影: Akiyoshi's Room / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
あの頃の世の中を、年単位で振り返る
1995年は1月17日の阪神・淡路大震災と3月20日の地下鉄サリン事件という2つの衝撃で始まった年だった。「日本は安全だ」という前提が2か月のうちに崩れ、12月の高速増殖炉もんじゅのナトリウム漏れ事故も、その後の情報公開の遅れで批判を浴びている。一方で4月の統一地方選では青島幸男・横山ノックの当選による「無党派」旋風が起き、野茂英雄がドジャースでナ・リーグ新人王に輝いて日本人選手の海外挑戦の扉を開いた。
1月17日未明、兵庫県南部を震度7の直下型地震が襲った。高速道路が横倒しになり、6400人を超える命が失われ、戦後日本の防災意識を根底から変えた。
阪神・淡路大震災による被害の様子(1995年) 撮影: Akiyoshi's Room / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
3月20日の朝、オウム真理教が東京の地下鉄車内に猛毒サリンを撒いた無差別テロ。通勤時間帯を襲い、多数の死傷者を出して社会に深い衝撃を与えた。
近鉄を退団した野茂英雄がドジャースへ移籍。「トルネード投法」で三振を量産し、ナ・リーグ新人王に輝いて、日本人選手の海外挑戦の扉を開いた。
野茂英雄が入団したドジャースの本拠地・ドジャースタジアム(写真は後年) 撮影: Frederick Dennstedt / CC BY-SA 2.0, Wikimedia Commons
統一地方選で、作家の青島幸男が東京都知事、タレントの横山ノックが大阪府知事に当選。既成政党に頼らない「無党派」旋風が都市部を席巻した。
青島幸男が知事に就いた東京都庁舎(写真は後年) 撮影: Asanagi / CC0, Wikimedia Commons
12月、福井県の高速増殖原型炉もんじゅで冷却材のナトリウムが漏れて火災が発生。事故後の情報公開の遅れも批判を呼び、原子力政策に影を落とした。
福井県敦賀市の高速増殖原型炉もんじゅ(写真は後年) 撮影: Nife / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons

終戦から50年の8月15日、村山富市首相が植民地支配と侵略への「痛切な反省」と「お詫び」を表明。以後の内閣にも継承される政府の歴史認識となった。
談話を発表した村山富市首相(写真は1994年) 内閣官房内閣広報室 / CC BY 4.0, Wikimedia Commons