Windows 987月
マイクロソフトのOSが日本でも発売され、深夜の秋葉原に行列ができるお祭り騒ぎに。インターネット機能の統合が進み、家庭へのパソコン普及を後押しした。
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あの頃の世の中を、年単位で振り返る
平成10年
“デジタルとネットが暮らしに入ってきた、平成の転換点。”
冬季オリンピックが長野で開催され、日本中がジャンプ団体の金メダルに沸いた年。サッカー日本代表がワールドカップに初出場し、Windows 98やiMacの発売でパソコンが一気に身近になった。年末には宇多田ヒカルがデビューし、音楽シーンにも新しい風が吹き始めた。パソコンと携帯電話が同時に広がり、暮らしのデジタル化が本格的に始まった転換点の年でもある。
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マイクロソフトのOSが日本でも発売され、深夜の秋葉原に行列ができるお祭り騒ぎに。インターネット機能の統合が進み、家庭へのパソコン普及を後押しした。
スケルトンの半透明ボディが衝撃を与えたアップルの一体型パソコン。ボンダイブルーのポップなデザインは家電やステーショナリーにまで影響を及ぼす社会現象となった。
初代iMac(ボンダイブルー) 原作: Rama、改変: David Fuchs / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
撮ったその場でプリントが出てくる富士フイルムのインスタントカメラ。手のひらサイズの写真と手軽さが受け、女子中高生を中心にヒットした。
虫歯になりにくい甘味料キシリトールを使ったガムが登場。「歯にいいガム」という新しい訴求が話題を呼び、機能性菓子のブームを牽引した。
NINTENDO64で発売された3Dアクションアドベンチャーの金字塔。Z注目システムなど後のゲームデザインに大きな影響を与え、国内外で最高評価を獲得した。
PlayStationで発売された小島秀夫監督のステルスアクション。「敵に見つからない」ことを核にした映画的な演出とストーリーで、世界的ヒットを記録した。
セガが投入した家庭用ゲーム機。標準搭載のモデムによるネット対応をいち早く打ち出し、「セガール」こと湯川専務のCMシリーズでも大きな話題を呼んだ。
警察署を舞台にしたサバイバルホラーの続編。2人の主人公の視点が交差する「ザッピングシステム」と濃密な演出で、シリーズの人気を決定づけた。
ピカチュウが主人公の後ろをついて歩く特別版。テレビアニメの人気と連動して大ヒットし、ポケモンブームをさらに押し広げた。
4月7日にNHK-BS2で放送開始。CLAMP原作、マッドハウス制作の魔法少女もので、カードを集める設定と衣装の多彩さが人気を呼んだ。
4月3日にテレビ東京で放送開始したサンライズのSFアクション。賞金稼ぎの旅をジャズ調の音楽で描き、のちに海外でも高い評価を得た。
7月7日にテレビ東京で放送開始。ネットワークと現実の境界が溶けていく少女を描き、深夜アニメの表現を押し広げた作品として語り継がれる。
『週刊少年ジャンプ』で連載が始まった冨樫義博の冒険漫画。父を探す少年ゴンがハンター試験に挑む物語で、長期の休載をはさみながら読み継がれている。
『週刊少年ジャンプ』1998年31号から連載開始。霊と交信するシャーマンたちの戦いを描き、シリーズ累計3800万部を超えた。
『週刊少年マガジン』で連載が始まった赤松健のラブコメ。東大を目指す浪人生が女子寮の管理人になる設定で、講談社漫画賞少年部門を受賞した。
1月28日にシングル「モーニングコーヒー」でメジャーデビュー。テレビ東京系『ASAYAN』のオーディションから生まれたグループで、以後メンバーを入れ替えながら続いていく。
7月1日にシングル「love the island」でデビュー。『ASAYAN』出身で、小室哲哉プロデュースのダンサブルな楽曲を歌った。
4月22日発売のシングル「Timing」がオリコン年間4位のミリオンセラーに。日本テレビ『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』から生まれた、南原清隆・天野ひろゆき・ビビアン・スーの3人組。
同じ『ウリナリ!!』から生まれたユニットで、ブラックビスケッツとは番組内で対決を繰り返した。この年はシングル発売を賭けた対決に敗れ、「My Diamond」の発売を翌年に持ち越している。
沖縄アクターズスクール出身の4人組。今井絵理子・島袋寛子・上原多香子・新垣仁絵が10代でヒットを重ね、この年も「my graduation」が支持された。
9月5日にTBSで放送開始した円谷プロダクションの作品。『ティガ』『ダイナ』に続く平成ウルトラシリーズ3作目にあたる。
スガシカオが作詞に参加したミディアムバラード。SMAP初のミリオンセラーシングルとなり、世代を超えて歌い継がれる代表曲になった。
「SOUL LOVE」との同時リリースで話題を呼んだGLAY絶頂期のロックナンバー。オリコン年間チャート上位を独占し、バンドブームの頂点を象徴した。
当時15歳の宇多田ヒカルのデビューシングル。R&Bを日本語ポップスに昇華した歌声が衝撃を与え、翌年のアルバム「First Love」の大ヒットへつながった。
10代のグループSPEEDが放った卒業ソング。透明感のあるハーモニーが幅広い世代に響き、この年を代表するヒットの一つとなった。
3曲同時リリースの一つとして発表された疾走感あるロックナンバー。バンドの人気を決定づけ、夏を代表するヒット曲になった。
1月21日発売のKiroroのメジャーデビューシングル。沖縄出身の2人によるピアノ主体のバラードで、息の長いヒットとなった。
10月31日公開。フジテレビの連続ドラマの劇場版で、副題は「湾岸署史上最悪の3日間!」。邦画実写の興行記録を塗り替える大ヒットとなった。
7月18日公開のテレビアニメ『ポケットモンスター』劇場版第1作。同時上映は『ピカチュウのなつやすみ』だった。
7月7日から9月22日までフジテレビ系の火曜21時枠で放送。金城武が主演し、重い題材を正面から描いたラブストーリーとして話題になった。
10月8日から12月24日までフジテレビ系「木曜劇場」で放送。中山美穂とキムタクの共演によるサスペンスで、記憶をめぐる謎が引っ張った。
1月4日から12月13日まで放送されたNHK大河ドラマ第37作。司馬遼太郎『最後の将軍 徳川慶喜』が原作で、本木雅弘が最後の将軍を演じた。
日本で2度目の冬季五輪が長野県で開催。スキージャンプ団体の金メダルやスピードスケート清水宏保の活躍に列島が沸き、「ふなき〜」の実況も話題になった。
会場のMウェーブ(スピードスケート) 撮影: Maclourin / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
神戸と淡路島を結ぶ世界最長級の吊り橋が開通し、本州と四国が神戸・鳴門ルートでつながった。全長3,911mのスケールは開通当時世界一を誇った。
撮影: Tysto / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
日本代表がワールドカップ本大会に初めて出場。グループリーグで3戦全敗に終わったものの、中山雅史が日本のW杯史上初ゴールを決め、歴史的な一歩を刻んだ。
決勝会場のスタッド・ド・フランス(写真は後年) 撮影: Darthvadrouw / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
エース松坂大輔を擁する横浜高校が甲子園で春夏連覇。夏の決勝でのノーヒットノーランなど記録ずくめの快投で「平成の怪物」と呼ばれ、社会現象となった。
夏の決勝の舞台・阪神甲子園球場(写真は後年) 撮影: Corpse Reviver / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
全国の郵便番号が3〜5桁から7桁へ移行。番号だけで町域まで特定できるようになり、あて名書きや郵便の区分作業の効率化が進んだ。
10月23日、長銀が特別公的管理銀行として一時国有化された。東京証券取引所での最後の株価は2円。前年の山一證券・北海道拓殖銀行に続く大型破綻で、平成不況を象徴する出来事となった。
お笑いコンビ・パイレーツの決めポーズとともに大流行したギャグ。この年の新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれ、子どもから大人まで真似をした。
横浜ベイスターズの守護神・佐々木主浩投手の愛称。38年ぶりの日本一に貢献した圧倒的な抑えっぷりから、この年の流行語として広く定着した。
本拠地の横浜スタジアム(写真は後年) 撮影: 横浜1978 / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
赤瀬川原平の著書から広まった言葉。もの忘れなどの老化を「衰え」ではなく前向きな『力』と捉え直す発想が支持され、流行語トップテンに入った。
7月の自由民主党総裁選で、田中眞紀子が候補の3人を評した言葉。小渕恵三を「凡人」、梶山静六を「軍人」、小泉純一郎を「変人」と呼び、この年の新語・流行語大賞トップテンに入った。
3人をこう評した衆議院議員・田中真紀子(写真は2012年) 文部科学省 / CC BY 4.0, Wikimedia Commons