九州でICカード乗車券が始まる3月
3月1日にJR九州がSUGOCAを、3月7日には福岡市交通局がはやかけんを導入した。首都圏と関西に続いて、九州でも改札が非接触になった。
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あの頃の世の中を、年単位で振り返る
1990〜2009年/120件を収録
2009年はリーマン・ショックの翌年で、並ぶ6件のうち3件が景気対策と制度である。国民に1万2000円を配った定額給付金は5月28日までに全市町村で給付が始まり、省エネ家電を買うとポイントがつくエコポイントもこの年度に作られた。3月にはJR九州のSUGOCAと福岡市のはやかけんが始まり、九州の改札も非接触になっている。物としては6月に発表されたiPhone 3GSと、10月22日に一般発売されたWindows 7の2つ。5月7日には薄型テレビの普及率が50%を超えた。
3月1日にJR九州がSUGOCAを、3月7日には福岡市交通局がはやかけんを導入した。首都圏と関西に続いて、九州でも改札が非接触になった。
国民1人あたり1万2000円(18歳以下と65歳以上は2万円)を配った景気対策。5月28日までにすべての市町村で給付が始まった。
5月7日に総務省が公表した。地上デジタル放送への切り替えを控え、ブラウン管から液晶・プラズマへの置き換えが半分を越えた。
6月8日に発表されたiPhoneの第3世代機。前年の3Gに続いて日本でも売られ、スマートフォンという言葉が広まっていく。
10月22日に一般発売されたマイクロソフトのOS。評判の悪かったWindows Vistaを立て直し、長く使われることになった。
リーマン・ショックを受けた景気対策として、2009年度に省エネ家電を買うとポイントがつく仕組みが作られた。テレビと冷蔵庫とエアコンが対象だった。
2008年は「持ち物」より「仕組み」が変わった年だった。3月から順次入ったtaspoはタバコの自動販売機に成人識別を持ち込み、4月からは40歳以上を対象にした特定健診が始まって腹囲を測るようになる。7月4日には録画のコピー制限を緩めたダビング10が動き出し、11月4日には自動車のご当地ナンバーが交付された。物としては7月11日に日本で初めて売られたiPhone 3Gと、11月1日のニンテンドーDSiの2つが大きい。
4月から、40歳から74歳までの公的医療保険の加入者を対象に特定健康診査と特定保健指導が始まった。腹囲を測る健診として知られる。
7月4日に運用が始まった、地上デジタル放送の録画を9回コピーして1回移動できる仕組み。それまでの「コピーワンス」を緩めたもの。
11月1日発売。ニンテンドーDS Liteの上位モデルで、カメラとSDカードスロットを載せ、ダウンロード販売の窓口も付いた。
2007年は財布とポケットの中身が変わった年だった。3月18日にPASMOが始まって関東の私鉄とバスがICカードでつながり、同じ日にSuicaとの相互利用も始まっている。4月23日にはセブン-イレブンのnanacoが加わった。9月22日から日本で出荷されたiPod touchは、電話の機能を外したiPhoneという形で、指で触って操作する端末を持ち込んでいる。8月31日に出た初音ミクは歌声合成ソフトだが、投稿サイトを中心にした文化そのものを生んだ。1月のメガマックと3月の東京ミッドタウンが残る2件である。
1月12日から2月4日までの期間限定でマクドナルドが売った、ビッグマックを大きくしたハンバーガー。大型食品が各社に広がるきっかけになった。
2006年はゲーム機が3つ動いた年だった。3月2日にニンテンドーDS Liteが出て元のDSを置き換え、11月11日にPlayStation 3、12月2日にWiiと据置機の新型が1か月のうちに並んでいる。携帯電話まわりでは1月28日にモバイルSuicaが始まり、4月1日にはワンセグの本放送が入った。前年12月に出た対応携帯が、ここでようやく本来の使い方になっている。飲みものでは5月16日のサントリー黒烏龍茶が、特定保健用食品を一般の売り場に広げた。
4月1日、携帯端末向けの地上デジタル放送が本放送に入った。前年に出た対応携帯が、ここで実際に使えるようになった。
2005年の商品は年末に固まっている。12月10日にマイクロソフトのXbox 360、12月14日にキーボードを備えたW-ZERO3、12月16日にワンセグを受けられる携帯電話W33SAと、1週間おきに3つが出た。9月7日のiPod nanoはiPod miniの後継で、フラッシュメモリに変えて薄くしたモデルである。物ではないが6月1日に始まったクール・ビズは、上着とネクタイを外す働き方を官公庁から広げた。8月にはトヨタの高級車ブランド・レクサスが日本でも売られ始めている。
9月7日に発売されたiPod miniの後継機。フラッシュメモリを使い、薄さと軽さを一気に詰めた。
iPod nano 第1世代(4GB・ブラック) 撮影: Lusheeta / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
2004年の暮れは携帯ゲーム機が2つ並んだ。12月2日に任天堂のニンテンドーDS、12月12日にソニーのPlayStation Portableが出て、2画面とタッチペンか、専用ディスクで映像も見られる高性能かという対照的な作りで市場を二分した。年の初めにはiPodの小型モデルiPod miniが登場し、7月にはFeliCaで支払う「おサイフケータイ」が始まっている。3月16日のサントリー伊右衛門はペットボトルのお茶の競争を塗り替え、この年は肖像を新しくした一万円札・五千円札・千円札への20年ぶりの改刷もあった。
12月12日にソニーが発売した携帯機。UMDという専用ディスクで映像も再生でき、ニンテンドーDSと市場を二分した。
2003年の新しい持ち物はゲーム周りに寄っている。2月14日のゲームボーイアドバンスSPは折り畳み式にライトが付いて電池も充電式になり、3月21日のゲームボーイプレーヤーはゲームキューブでゲームボーイのソフトをテレビに映せるようにした。12月13日にはソニーがPlayStation 2の機能を持つDVDレコーダーPSXを出している。1月にセガが投入した甲虫王者ムシキングは小学生の間でカードを集める遊びを広げ、9月にはパナソニックの薄型テレビVIERAが地上デジタル放送の開始に合わせて登場した。5月のマツダ・RX-8はロータリーエンジンを積んだ4ドアのスポーツカー。
5月に発売されたロータリーエンジンのスポーツカー。後ろのドアが観音開きになる4ドア構成で、実用性とスポーツ性を両立させようとした。
12月13日にソニーが発売したハードディスク内蔵のDVDレコーダー。PlayStation 2の機能も持ち、のちに広く使われる「クロスメディアバー」を初めて採用した。
2002年の売り場は通信と車が動いた年。4月にKDDIが第3世代のau CDMA 1Xを始め、前年のFOMAに出遅れていたauが巻き返す足がかりを作った。同じ4月に麒麟麦酒の淡麗グリーンラベルが出て、それまで主流にならなかったカロリーオフの発泡酒が定着している。車では5月にトヨタ・istが登場し、前年6月に出たホンダ・フィットがこの年の国内販売1位になった。2月には日本でもXboxが発売されたが振るわず、9月に出たタカラのバウリンガルは犬の鳴き声を訳す玩具として30万個を売り、イグノーベル賞まで受賞した。
2月22日に日本で発売されたマイクロソフト初の家庭用ゲーム機。米国では前年11月に先行発売されていたが、日本では苦戦した。
初代Xboxの本体とコントローラー 撮影: Evan-Amos / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
4月にKDDIが始めた第3世代携帯電話。従来方式との互換性が高く、前年のFOMAに出遅れていたauが巻き返す足がかりになった。
前年6月に出たフィットが、2002年の国内最多販売車種になった。2位はカローラ、3位はマーチで、コンパクトカーが上位を占めた。
2001年に新しく持ち物になったものは、ほとんどが通信とデジタルだった。9月にYahoo! BBが街頭でモデムを配って常時接続を家庭に広げ、10月1日にはNTTドコモのFOMAが世界で初めて第3世代携帯電話の商用サービスを始めている。同じ10月にはWindows XPの出荷が始まり、11月にアップルのiPodが登場した。その一方で6月のホンダ・フィットと7月のキリン氷結果汁は、性能ではなく使い勝手と飲み口で定番になった商品で、この年の買い物の幅を示している。
9月にソフトバンクが始めたADSLサービス。街頭でモデムを無料配布する強引な拡販で、常時接続が一気に家庭へ広がった。
10月1日にNTTドコモが始めた第3世代携帯電話。世界初の商用サービスで、テレビ電話が売りだったが端末は大きく電池も持たなかった。
10月25日にOEM版の出荷が始まったマイクロソフトのOS。家庭用の9x系と業務用のNT系を1つにまとめ、以後10年以上使われ続けた。
2000年のヒット商品には、いまも続く習慣の出発点が含まれている。11月にシャープとJ-フォンが世に出したカメラ付き携帯電話J-SH04は世界初とされ、撮った写真をメールで送る「写メール」文化はここから始まった。DVDプレーヤーの低価格化で家庭の映像がビデオテープからディスクへ移り始め、海洋堂の精巧なフィギュアが入るチョコエッグは大人まで巻き込んで食玩市場を一変させている。7月に沖縄サミットを機に発行された二千円札は、自販機やATMの対応が進まず流通が限られた。
シャープとJ-フォンが世に出した、世界初とされるカメラ付き携帯電話。撮った写真をメールで送る「写メール」文化はここから始まった。
世界初のカメラ付き携帯 J-SH04(写真は後年の展示) 撮影: Morio / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
低価格化が進み、家庭の映像がビデオテープからディスクへ移り始めた。高画質と頭出しの手軽さで、レンタルもDVDが主役になっていく。
沖縄サミットを機に発行された新紙幣。表に守礼門、裏に源氏物語絵巻をあしらったが、自販機やATMの対応が進まず流通は限定的だった。
1999年9月に出た「日本の動物コレクション第1弾」が、海洋堂の造形の細かさで食玩ブームの火付け役になった。発売から3年で1億3000万個を売り上げている。
10cmを超える底の高さが特徴のブーツが若者に大流行。ガングロ・ヤマンバと呼ばれるギャル文化とともに、渋谷の街を象徴した。
キリンビバレッジがこの年に発売した緑茶飲料。玉露やかぶせ茶を59度の低温で抽出し、粗ろ過で仕上げるため「よくふってからお飲みください」と表示された。
1999年のヒット商品は、値段の幅が両端に開いた年だった。6月にソニーが発売した犬型ロボットAIBOは1体25万円という高価格ながら受注開始から短時間で完売し、家庭用ロボットの時代の到来を印象づけている。反対側では1900円のユニクロのフリースが、全国どこでも同じ品質という一点で爆発的に売れた。アップルのiBookは「持ち歩けるiMac」として、ポータブルMDプレーヤーは通学・通勤のお供として広まり、脱力したパンダの「たれぱんだ」が脱力系キャラの先駆けになっている。
ソニーが発売した犬型のエンターテインメントロボット。1体25万円という高価格ながら受注開始からわずかで完売し、家庭用ロボットの時代の到来を印象づけた。
初代AIBO(ERS-111) 撮影: Morgan(Montreal) / CC BY 2.0, Wikimedia Commons
全国どこでも同じ品質のフリースが1900円で買えると爆発的にヒット。豊富なカラー展開で老若男女に広がり、ユニクロの知名度を一気に押し上げた。
iMacに続くアップルの個人向けノート。貝殻のような曲線ボディと鮮やかな色、無線LAN対応で「持ち歩けるiMac」として話題を呼んだ。
クラムシェル型のiBook G3 / CC0, Wikimedia Commons
1995年に登場した脱力系のパンダが、前年からの大ブームを引き継いでグッズを売り伸ばした。小学館から出た初の絵本は発売2か月で30万部を超えるベストセラーになっている。
1月23日にソニー・コンピュータエンタテインメントが発売したプレイステーション用の小型携帯ゲーム機。メモリーカードを兼ね、持ち出して遊べる周辺機器として品薄が続いた。
1998年のヒット商品は、パソコンが家庭のものになっていく年を映している。7月のWindows 98は深夜の秋葉原に行列を作り、8月に登場したiMacはスケルトンの半透明ボディが家電や文具のデザインにまで影響を広げた。残る3件は、歩数でピカチュウと仲良くなるポケットピカチュウ、撮ったその場でプリントが出るチェキ、「歯にいいガム」を打ち出したキシリトールガムと、いずれも新しい遊び方や効能を持ち込んだ商品だった。
マイクロソフトのOSが日本でも発売され、深夜の秋葉原に行列ができるお祭り騒ぎに。インターネット機能の統合が進み、家庭へのパソコン普及を後押しした。
スケルトンの半透明ボディが衝撃を与えたアップルの一体型パソコン。ボンダイブルーのポップなデザインは家電やステーショナリーにまで影響を及ぼす社会現象となった。
初代iMac(ボンダイブルー) 原作: Rama、改変: David Fuchs / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
撮ったその場でプリントが出てくる富士フイルムのインスタントカメラ。手のひらサイズの写真と手軽さが受け、女子中高生を中心にヒットした。
虫歯になりにくい甘味料キシリトールを使ったガムが登場。「歯にいいガム」という新しい訴求が話題を呼び、機能性菓子のブームを牽引した。
1997年のヒット商品は、前年からのブームが持ち越された年である。たまごっちは品薄のまま人気が続き、6月には通信ケーブルで対戦できる『デジタルモンスター』が派生して男子に広がり、厚底ブーツとルーズソックスも定番として残った。新しい動きは12月発売のトヨタ・プリウスで、「21世紀に間に合いました」のコピーとともに世界初の量産ハイブリッド専用車が登場し、ソニーの「ポストペット」はかわいいキャラクターが運ぶメールでパソコン初心者を電子メールに親しませた。
たまごっちから派生したバンダイの携帯型育成ゲーム。育てたモンスターを通信ケーブルで対戦させられる要素が加わり、男子を中心に人気を集めた。
前年に登場した育成玩具のブームがこの年も続き、店頭では入手困難な状態が続いた。転売や偽物も出回り、社会現象としての存在感を保った。
ソニーが発売した、かわいいキャラクターがメールを運ぶソフト。ピンクのクマ「モモ」が人気を呼び、パソコン初心者にも電子メールを親しませた。
ソールを極端に厚くした靴。アムラーブームを受けて若い女性のあいだで人気が最高潮に達し、駅の階段でつまずく危険が話題になるほど流行した。
1996年に履かれていた厚底靴 撮影: jeanne / パブリックドメイン, Wikimedia Commons

女子高生の制服スタイルの定番として、この年も全国で広く履かれた。太さや長さにこだわる着こなしが生まれ、専用ののりも売られた。
女子高生の間で流行したルーズソックス(写真は1998年) 撮影: Mike Chachich / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
12月に発売された世界初の量産ハイブリッド専用車。「21世紀に間に合いました」のコピーで登場し、低燃費車の代名詞となった。
初代プリウス(NHW10、写真は後年のトヨタ博物館展示) 撮影: Ghostofakina / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
1996年のヒット商品は女子高生が中心にいた年で、ルーズソックス、厚底ブーツ、前年から続くプリント倶楽部に加え、11月発売のたまごっちも女子高生を中心に品薄が続いた。厚底ブーツは安室奈美恵をまねる「アムラー」の足元として広がっている。一方で任天堂は6月にNINTENDO64、7月21日にゲームボーイポケットと、据置機と携帯機を同じ年に投入した。
画面の中の生き物を世話して育てる、バンダイの携帯型育成ゲーム。11月の発売直後から品薄が続き、女子高生を中心に社会現象となった。

制服に合わせてだぶつかせて履く白い長い靴下。女子高生の定番スタイルとして全国に広がり、この時代の象徴的なファッションとなった。
女子高生の間で流行したルーズソックス(写真は1998年) 撮影: Mike Chachich / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
撮った写真がその場でシールになる機械。前年からのブームがこの年も続き、友達どうしで写真を交換する文化がすっかり定着した。
プリントシール機の筐体(写真は後年) 撮影: Brian Adler / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
ソールを極端に厚くしたブーツやサンダル。安室奈美恵に憧れる「アムラー」を中心に、背を高く見せる足元として若い女性に流行した。
1996年に履かれていた厚底靴 撮影: jeanne / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
7月21日に任天堂が発売した薄型のゲームボーイ。画面が見やすい白黒液晶になり、『ポケットモンスター』の人気とともに携帯機を持ち歩く光景が広がった。
1995年のヒット商品は、通信とデジタルへ一気に傾いた。7月に始まったPHS、数字で暗号のようなメッセージを送り合ったポケットベル、11月23日の日本語版発売で秋葉原に深夜の行列を作ったWindows 95と、6件のうち3件が人と人をつなぐ道具である。残る3件も、その場で写真がシールになるプリント倶楽部、高額転売や「エアマックス狩り」まで生んだナイキ エアマックス95、国内ハード販売台数が100万台に達したMDと、いずれも若者が引っ張ったブームだった。
撮った写真がその場でシールになる、アトラスとセガが生んだ機械。女子高生を中心に爆発的なブームとなり、友達どうしで写真を交換する文化を生んだ。
プリントシール機(プリクラ)の筐体(写真は後年の機種) 撮影: Brian Adler / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
グラデーションの配色と厚いエアユニットで人気が沸騰したスニーカー。品薄から高額転売や「エアマックス狩り」まで生み、社会現象となった。
携帯電話より安い料金で始まった簡易型の携帯電話サービス。軽くて通話料も手頃なことから、若者や学生の連絡手段として一気に広がった。
1990年代後半に普及したPHS端末(日本) 撮影: Marus / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
11月23日の日本語版発売には秋葉原に深夜の行列ができた基本ソフト。スタートボタンで操作するパソコンが、一般家庭にも普及する転機となった。
Windows 95 のインストール用CD-ROM(写真は英語版パッケージ) 撮影: Pedro Cambra / CC BY 2.0, Wikimedia Commons
数字で暗号のようなメッセージを送り合う小型の受信機。「ベル友」という言葉も生まれ、女子高生を中心にコミュニケーションの主役となった。
NTTのポケットベル端末(写真は展示品) 撮影: Momotarou2012 / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
ソニーが実用化した録音できる光ディスク。1995年に業界全体の国内ハード販売台数が100万台に達し、カセットに代わる音楽の持ち歩き手段として広がった。
1994年のヒット商品は6件のうち4件が次世代ゲーム機で、3月の3DO REALを皮切りに、9月のネオジオCD、11月22日のセガサターン、12月3日のPlayStationと1年のうちに新機種が並んだ。CD-ROMを使う32ビット機がそろって登場し、家庭用ゲームの主役が入れ替わる年になっている。残る2件は発行部数が過去最高の水準に近づいた『週刊少年ジャンプ』と、350ml缶180円で発泡酒市場を立ち上げたサントリー「ホップス」だった。
『ドラゴンボール』『スラムダンク』などの人気連載が重なり、発行部数が過去最高の水準に近づいた黄金期を迎えた。
松下電器が発売したCD-ROM採用の32ビット機。標準価格54,800円で、この年に相次いだ次世代ゲーム機の先陣を切った。
SNKが49,800円で発売した、ネオジオのソフトをCD-ROM化した家庭用機。高価だったROMカセットに比べ手が届く価格になった。
SNKのネオジオCD本体 撮影: Evan-Amos / パブリックドメイン, Wikimedia Commons
麦芽比率を65%に抑えて350ml缶180円(税別)を実現した発泡酒。ビールより安い選択肢として発泡酒市場が立ち上がる起点になった。
1993年のヒット商品は、5月のJリーグ開幕に沸いたグッズやフィリピン発祥のナタデココのように一気に燃え上がったブームと、ポケットベルやシャープ「ザウルス」のように持ち歩いて使う電子機器とに分かれる。バブル崩壊後の空気を映して紳士服量販店の「2500円スーツ」が価格破壊の象徴となり、10月に同時創刊された『たまごクラブ』『ひよこクラブ』とあわせ、6件のうち2件がこの年の新語・流行語大賞(表現部門)に選ばれた。
5月のJリーグ開幕にあわせ、各チームのユニフォームやグッズが人気に。サッカー人気が一気に高まった。
フィリピン発祥のデザート「ナタデココ」が大ブーム。こりこりとした独特の食感が話題を呼んだ。
ブームとなったナタデココ(写真は後年) 撮影: Midori / CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons
シャープが発売した電子手帳(PDA)。スケジュールやメモを持ち歩く電子文具の先駆けとして人気を集めた。
数字メッセージのやり取りで若者に急速に普及した小型端末。語呂合わせで言葉を送る「ベル友」文化が生まれた。
NTTのポケットベル各機種(写真は後年のNTT技術史料館の展示) 撮影: Yoh-Plus / CC BY 4.0, Wikimedia Commons
10月15日にベネッセコーポレーションが妊娠・育児雑誌2誌を同時創刊。「たま・ひよ」の略称はこの年の新語・流行語大賞(表現部門)に選ばれた。
紳士服量販店が打ち出した激安スーツ。不況下の価格破壊を象徴する存在として、この年の新語・流行語大賞(表現部門)に選ばれた。
1992年のヒット商品は、遊びと暮らしの両方から出ている。6月にはアーケードで人気だった『ストリートファイターII』のスーパーファミコン版が出て格闘ゲームブームが家庭へ移り、7月の『マリオペイント』はスーパーファミコンマウスを同梱した同機初のマウス専用ソフトだった。身の回りのバーコードを読み取って戦わせるバーコードバトラーも、手のなかで遊べる玩具として子どもに受けている。11月にソニーが発売したMD(ミニディスク)はカセットに代わる音楽の持ち歩き手段として広がり、シャープの液晶ビューカムは画面を見ながら撮るスタイルで家庭用ビデオカメラの形を変えた。食では東京に出た博多風のもつ鍋店をきっかけに、もつ鍋が全国的なブームになった。
商品のバーコードを読み取って戦わせる携帯型ゲーム機。身の回りのバーコードが強さになる遊びが子どもに受けた。
シャープがこの年に発売した液晶モニター一体型の8ミリビデオカメラ。ファインダーを覗かず画面を見ながら撮る新しいスタイルを打ち出して大人気商品となり、8ミリビデオが規格争いを制する決め手にもなった。
牛や豚のもつを使う博多発祥の鍋料理。この年に東京へ博多風のもつ鍋店が出ると、安くて量があり酒に合うことがバブル崩壊後の空気とも合って全国に広まり、その年の新語・流行語大賞で新語部門の銅賞に選ばれた。
1991年のヒット商品は、若者の遊びと装い、そして持ち歩くものに分かれている。5月に東京・芝浦にオープンしたジュリアナ東京はお立ち台とボディコンの光景でバブル末期を象徴し、渋谷から広まった「渋カジ」はアメカジ風の着こなしを全国の学生へ届けた。カルピスウォーターはそのまま飲める手軽さで定番になっている。4月にNTTが出した「超小型携帯電話・ムーバ」は当時世界最軽量・最小で、携帯電話が本当に持ち歩ける道具になった起点にあたる。5月発売のホンダ・ビートは軽のミッドシップ・オープンスポーツ、11月13日発売の宮沢りえの写真集『Santa Fe』は155万部を売り上げた。
5月に東京・芝浦にオープンした大型ディスコ。お立ち台とボディコンの光景が、バブル末期の華やかさを象徴した。
カルピスをそのまま飲めるようにした清涼飲料。手軽な甘さで人気となり、ロングセラーの定番となった。
渋谷の若者を中心に広まったカジュアルファッション。アメカジ風の着こなしが全国の学生に影響を与えた。
NTTが4月から提供を始めた携帯電話。当時としては世界最軽量・最小で、自動車電話やショルダーホンと区別するために「超小型携帯電話・ムーバ」と呼ばれた。端末は当初レンタルで、売り切り制が解禁されるのは1994年4月である。
本田技研工業が5月から1996年まで製造・販売した軽自動車規格のオープンカー。エンジンを座席の後ろに置くミッドシップの2人乗りで、軽のスポーツカーが相次いで出た時期を代表する1台になった。
1991年式のホンダ・ビート(写真は後年のイベント展示) 撮影: MrWalkr / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
11月13日に朝日出版社から発売された宮沢りえの写真集。撮影は篠山紀信で、当時18歳の人気と相まって155万部のベストセラーとなり、芸能人写真集の売上部数の記録になった。
1990年のヒット商品は、秋にゲーム機が2台並んだのが目を引く。10月にセガがカラー液晶のゲームギアを、11月に任天堂が16ビットのスーパーファミコンを発売し、家庭用ゲームが次の世代へ移った。ほかは1月にアニメが始まった『ちびまる子ちゃん』、10月に『週刊少年ジャンプ』で連載が始まった『SLAM DUNK』、そしてイタ飯ブームを背景に流行したティラミスと、この年の話題は子どもの遊びと外食の両方から出ている。飲み物では3月にキリンが一番搾り麦汁だけを使った生ビールを出し、この年の流行語にも入った。
イタリア料理(イタ飯)ブームを背景に大流行したイタリアのデザート。雑誌が火付け役となり、全国のカフェに広がった。
この年に大流行したティラミス(写真は後年) 撮影: Sonny doe / CC BY-SA 4.0, Wikimedia Commons
1月にアニメ放送が始まり、家族で楽しめる作品として国民的人気に。主題歌や関連グッズも社会現象となった。
週刊少年ジャンプで10月に連載が始まったバスケットボール漫画。のちに社会現象的な人気となる名作の出発点となった。
3月上旬に発売された生ビール。原料の自重だけで流れ出る一番搾り麦汁のみを使い、渋みの少ないさっぱりした味を打ち出した。この年の新語・流行語大賞では流行語部門の銅賞に選ばれている。